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奥山玲子の経歴プロフィールと兄や子供は存在!?小田部羊一と馴れ初めは?【爆報フライデー】

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「爆報フライデー」に奥山玲子さんが特集されますが、経歴WIKIプロフィールや兄、子供の存在と結婚した旦那(夫)でもあった小田部羊一と馴れ初めについてリサーチして行きたいと思います!

 

奥山玲子さんは、「なつぞら」のモチーフとなった女性がいたで話題を集めた人物でもありましたが、小田部羊一と結婚後には様々な人生を歩まれて来ていました。

 

今回はそんな奥山玲子さんの伝説などについてみて行きたいと思います。

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奥山玲子の経歴WIKIプロフィールや生い立ち

ネーミング:奥山 玲子(おくやま れいこ)

生まれ:1936年10月26日

出身:宮城県

学歴:東北大学

奥山玲子さんの経歴プロフィールや Wiki などを細かく詳細としてリサーチしていきたいと思いますが、高校大学や学歴に関しては東北大学の教育学部に入学し将来的には教える立場になりたいと思っていたそうです。

 

将来の目標としては教師を目指していたそうで、その夢に突き進む大学の教育学部で専門を学んでいたそうですが家庭内でうまくいかずに大学時代に家を飛び出してしまったそうです。

 

ずっと憧れていた教育という部分に触れてレクチャーする立場を目指しそれに向けて勉強とかしていたそうですが何故か祖父が当時東映の映画の一般募集があると耳にしそれを彼女に伝えたそうです。

 

興味を持った彼女は東映の採用試験に合格してしまい、同じタイミングで東映に入社しました。

 

ここで教育文を勉強してきた彼女は教師になることを断念し東映の会社で業務をこなすことになり、会社の中でも彼女の仕事ぶりは高く評価されていたそうです。

 

そのようなライフスタイルを過ごし彼女の業務が高い評価を得てきた時に初めての仕事が舞い込んできました。

 

それはアニメーションの世界で彼女のセンスを発揮するということだったのですが、昭和33年頃から公開されたアニメーションの作品などで彼女の評価が一気に上がり、業界内でも屈指の人物と成長していきます。

 

もともと学生時代から教育部分に関わっており、脚本、演出、衣装、などの振り付けなどを知識として持っていたそうで、ここの経験が東映に入ってからかなり生かされていたということになります。

 

その後数々のアニメーション作品に携わってきては、今でいう NHK の連続ドラマのナレーションや裏でのサポート役で多くの 実績に貢献してきています。

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奥山玲子の兄は存在しているのか?

ここで奥山玲子さんに兄がいたということは明らかになっていますがどのような人物だったのかというところは今のところミステリアスな部分です。

 

既に彼女の家庭内では兄弟がいたことは断定されており、兄弟としてどのようなライフスタイルを送っていたのかと言うと基本的に彼女は自分がナレーションや東映の仕事をしていたということで兄弟たちにも家で演技の練習などをお願いしていたということです。

 

あくまで噂話とエピソードに過ぎませんが、兄と弟に役を演じさせてリハーサルとお家でやっていたと言うお話も存在します。

 

彼女はすでに他界してしまいましたが兄弟に関しては生存しているのかは今のところ不明ですが、この兄弟も彼女に対して何らかの影響を与え功績を残したことは間違いないでしょう。

奥山玲子の結婚(夫・旦那・子供)はどうか?

彼女の結婚相手は小田部羊一さんという人物になっていますが、結婚した後に透明の業務を休んでそこからしばらく主婦として家庭を守って行ったと言われています。

 

彼と一緒に住みだして時期に子供を出産し妊娠していますが、子供が生まれた後は完全に家庭の中に入って東映の業務をしばらく休んでおられました。

 

当時は時代的にも高度成長期ではなく貧しい時代だったにも関わらず、二人で協力し合い子供を育てていったということは、彼女が東映で業務をこなしてきたことと、ものすごい功績でしょうし、東映を産休で休まれてからその後2007年に肺炎で亡くなるまでの人生は小田部さんなしには、あり得なかったんではないでしょうか。

しかしながら旦那も彼女の病気での死因が相当ショックで響いたようで、当時彼女が亡くなった時には、メディアに一切漏らすことはなく約6ヶ月後死因を公開したそうで、それほど嫁の子がショックで立ち直る事が出来なかった証拠ではないでしょうか。

奥山玲子と小田部羊一の馴れ初めは?

この二人の馴れ初めは彼が彼女にアタックして行ったところからストーリーが始まっていますが、奥山さん的には当時小田部さんのことが全く興味がなかったどころか逆にチャラチャラして遊び人だと思っていたそうです。

 

しかしながらあるとき奥山さんの方が身分が高く上司でもあるのにも関わらず、なぜかおなべさんが奥山さんに交際を申し込むような素振りでいきなり手を握ってきたそうで、これには思わず奥山さんもドキッとしたのではないでしょうか。

当然その予想が的中し、その時からこの二人の交際がスタートしたということで小田部さん的には無意識に行ったのではなくて当初から彼女を射止めるつもりでこのような手を握ったんだと思います。

 

全く意中になかった彼女からしてみれば、予想外の展開で彼と交際することになり、まさか結婚して子供を出産するなんて夢にも思ってなかったに違いありません。

 

しかしながら恋愛や結婚というものはそのような予想外の展開から起きるストーリーが圧倒的に多いでしょうし、元々異性が交際したり結婚したりするきっかけは自分にないものを持っているからこそ魅力を感じるものです。

 

彼女に対しても小田部さんは自分にないものを持っていたに違いありません。

 

結局奥山玲子さんは彼と結婚する前に東映で18年間の勤務生活をやっていたそうですがそこからアニメーションやナレーターの先駆け的な存在になり業界人として多くの実績を残されてきました。

 

そして今でも数々のアニメーション作家やナレーションの後輩達を育ててきて世に送り出してきたのも彼女の影響が大きいと言われています。

 

学生時代から教師になることを夢見て専門的なことを学んできたんですが、結局東映に入社してからこのようなレクチャー的な要素がかなり役立っていると認識できますしそのようなキャリアは決して無駄ではなかったと彼女自身が誇りを持って言えると思います。

 

それでいて旦那のおなべさんも原作や原画を作り上げ彼女の作品のバックアップやサポートなどを練りこんで行き、そのような夫婦二人三脚で舵取りを行っている最中に、彼女が病気のため亡くなってしまったということは、彼にとってはパートナーを亡くしたわけですから相当なショックだったに違いありません。

 

しかしながらかけがえのない人生のパートナーだったということは間違いありませんでしょうし、彼にとって奥山玲子という存在はオンリーワンな存在であったことは変わりないでしょう。

 

このような功績や実績は今現在も多くの業界人に語り継がれていることは間違いありません。

 

彼女のご冥福をお祈りしたいと思います。

 

最後までご覧いただきまして本当に有難うございました。

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