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山本てる(パラグアイ89歳)の今現在と経歴や子供(孫)がスゴい!結婚(夫・旦那)が無念!【世界なぜそこに日本人】

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「世界なぜそこに日本人」に山本てると言う89歳にしてパラグアイに移住しているおばあちゃんがいる。山本てるさんの経歴プロフィールや、子供(孫)、結婚などの旦那(夫)のことなどをピックアップして行きたいと思います!

 

山本てるさんがなぜ89歳と言う高齢にもかかわらず、パラグアイと言う土地に住んでいるのか?

 

また、山本てるさんの経歴プロフィールや現在の孫達の経緯がハンパない事など、とにかくブットンだおばあちゃんですので、その辺をみて行きたいと思います。

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山本てるの経歴プロフィールや生い立ちがスゴすぎる!

今回紹介される89歳にしてパラグアイに住んでいる山本てるという人物をリサーチしていきたいと思いますが、そもそも気になるのがなぜこの恒例になっているのにもかかわらず日本国内ではなくパラグアイという土地で住んでいるのかということです。

 

非常に興味深いことなんですがなぜ彼女がパラグアイに住んでいるのかと言うとかなり意味深でミステリアスな過去があるようです。

 

山本てるさんは日本を離れて60年も月日が経ちずっとその間パラグアイに住んでいると言われていますので比較的この国は日本人にも住みやすい土地だということだと思います。

 

なぜ彼女がこの土地に住み着いているのかと言うと今現在の活動は特に意味はないそうで年金をもらいながら毎日の日課はゲートボールをしているということです。

 

現在ではこのような優雅な暮らしをしている彼女ですが元々をたどればかなり波風が激しい人生だったということです。

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山本てるの今現在は89歳でパラグアイ移住!

彼女の長い過去の歴史では17歳という幼い時期で結婚をしてそこから旦那と戦争の関係で離れ離れになったとかしてあっという間に幸せな時間は過ぎ去っていったと言われています。

 

離婚歴も多く3回経験していると言われています。

 

そのようなかなり貴重な経験を積んできている彼女だからこそ日本を離れこのような土地で暮らすさだめだったのかもしれません。

 

元々この国に関しては共産主義に近いような文化がありみんなで協力し合ってライフスタイルを築いていくと言う部長が根付いている国です。

 

つまりお金のことや自分のこと家族のこと仕事のことなど全てが協力し合って、みんなで称賛をしながら生きていくのがこの国の人の文化なのです。

 

家族関係がかなり深い属性にあるこの国では全く知らないような子供でも困っていたらご飯をご馳走してあげたりするのがこの国の文化らしく、全てにおいて協力性に応じている国だということです。

 

そして何より週末とかになれば高齢者同士が集まって必ずレセプションやイベントをして楽しい人生を送るというのが風潮にも強くどちらかと言うと結婚をして嫁さんの方の実家の方に旦那が仕送りするというような風潮もあるそうで、とにかく全てにおいて皆で協力し合って生きていく国だそうです。

 

基本的には高齢者や子供にも優しく全く見ず知らずの他人であっても普通にコミュニケ ことができる人間的でもあり日本ではあまり考えられないような風景がこの国で見れることになります。

 

このような環境は彼女にとって適していたんではないでしょうか。

山本てるの子供や孫は13人!?

50年以上もこの土地に住んでいる山本てるさんですが子供や孫が13人ものいてるという噂でその過去には壮絶な生き方があったようで。

 

先ほども言いましたが17歳の時点で結婚をおし子供が生まれたわけなんですが、当然戦時中だったということもあり夫は戦争の兵士として国に呼び出されてそのまま出向いてしまったわけです。

 

当然残された彼女は子供を一人育てていきましたが、なんせ時代が時代で食べるものもろくに食べられなかった環境ですので生まれた子供もその後亡くなっています。

 

この時点で今の日本の環境からすれば考えられないことかもしれませんが当時はそのようなことが珍しくなかったわけです。

 

奇跡的に旦那が戦争から帰ってきて今後は夫婦で幸せにと思っていた矢先に子供が亡くなった事を旦那が知ってかなりショックを受けたに違いありません。

 

それならばと思いまた子作りに励んでいた夫婦なんですがやはり時代が時代で食料もろくに無かった時代ですからくっていくことだけで精一杯です。

 

自分の母国がこのような環境下に置かれていたわけですから国民に真っ当な生活を与えるために当時の政府は南米を真っ当な生活ができる環境として位置付けていたわけです。

 

その影響を受けて彼女は南米のパラグアイへ移住してきたわけです。

 

ですので生きていくためにこの土地を選んだということで、母国を捨ててここに来たわけですから好き好んで来たわけではないということです。

 

夫と二人でこの土地に訪れ幸せな家庭を築いていく夢があったわけですが、それも脆く崩れて二人に与えられた仕事は肉体労働だったわけです。

 

旦那はこの肉体労働の犠牲になってしまい亡くなっています。

 

その後何とか必死に生き延びてきた山本さんですが長い人生には時と場合にして運命があり2回目の結婚を果たすことになりました。

 

ただ2回目の結婚も旦那が亡くなってしまったショッキングな出来事でまた人生を狂わされた彼女だったのですがこの時点ですでに子供抱えたシングルマザーとなっていました。

 

子供は既に6人もの子供を産んでいた彼女ですが、女手一つで子供を育てていくのは限界を感じ3回目の結婚を果たすことに成功しています。

 

この時巡り合った旦那との間に子供を産み合計で13人もの子供の面倒を見ていたということになります。

 

しかしながら彼女の人生はまだ過酷を繰り返すことになり神様は試練を与えることになります。

 

3回目で結婚した旦那も病気で亡くしており、すでに四十歳以上の年齢に到達していた彼女には女手ひとつでこれだけの子供を育てるのは容易なことではありません。

 

ですので彼女は24時間つきっきりで働き子供のために生活を維持するために自分の身体を犠牲にしていたわけです。

 

このような今の時代では考えられないような衝撃的なライフスタイルを描いてきている彼女なので子供達にも孫が出来今では70人以上の子供と幸せな生活を続けているそうです。

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山本てるの結婚(旦那・夫)は?

彼女の旦那は人生の中で3人もったわけですが何も病気や肉体労働で命を絶っています。

 

特に最初の夫に関しては戦時中で戦争に国の命令で出向いて行ったわけですが当時は第二次世界対戦などが勃発中で終戦間際ということで日本が戦争に負けて一番厳しかった時代でもあります。

 

日本の国における兵隊の収集なんですが、軍隊の関係上を成人している男性は全てが兵士として繰り出されるわけではなく、その中でもセンスや体力、能力的なものが優れているものが国からお呼びがかかるわけです。

 

ということは彼女の旦那はかなり能力的に優れていたと思われ、戦時中でもより多くの訓練を積んだに違いありません。

 

最前線に派遣されれば当然本隊と合流して RED ZONE に駆り出されるわけですがそこから敵と戦い無事に帰還していくことなんてほぼ奇跡に近かった時代なのです。

 

そんなこともあり彼女の旦那は無事に帰還していることなので、相当な能力が高かったんでしょう。

 

激動の時代ですからいつ死ぬかわからないような環境下で生きるために必死の思いだったわけですから彼女も本心ではないパラグアイで生きるために必死だったんでしょう。

 

波乱万丈の人生を歩んできた彼女にとって今が一番安らげる時だと思いますし、残された人生を全うして 残りの人生を楽しんで欲しいと思います。

 

最後までご覧いただきまして本当に有難うございました。

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